未来を変えると過去も変わるという話

おはよう


正直なところSNSを開かなくなって随分と経つ。

楽しんでくれたりしている方ごめんなさいです。

別に嫌になった訳ではないけれどどうしたって自分のルーティンから自然と外れてしまった。

ほんの時々開いたり、そっちの方でメッセージなどを頂いた時に開くだけ。

また気が向いたらアップしたりするかもだけれど、今はそういった心の余裕のような隙間がそっちへ向かいそうにないのが正直なところ。

このブログのアップ情報なども一時はずっとそういったSNSへも掲載していたのだけれど、なんというかそればっかりが上がっている感じになってしまってそれだと全然ソーシャル感がないなぁと思ってサボり始めたらずっとサボってしまったという感じ。

着用写真などもインスタとかにもあげたいなぁと思って一度始めたもののそちらも頓挫。店の内容としての企画が頓挫(正式には進み方が匍匐前進)しているくらいだからもっとそっちを早く進めろよっていう自分自身への嫌悪感というか罪悪感もあるのかもしれない。

ちょっと優しくなりすぎになっているような気がする。

いや、全然優しくなんてないのだけれど。

伝えたいこと。

そういうことがあまりにも説明になっている気がする。

そうじゃないと伝わらないと思いこんでいるような。

隙間や行間。

僕はそういったことが好きで、でもなんだか最近はそういったことが埋まっているように感じた。

意味のある空白とか。

そういうの。

 

もっと感じるままに伝えられたらと思うのだけれど、恐怖心が心のどこかで僕に針を刺す。つい、優しくなりがちな伝え方になる。ビビリは実は幼少期から。

昨日のライブでもチラッと言ったけどこう見えて繊細さんであること。(笑)

 

さて、ラジオで唄が流れてた。

「変えられるのは未来だけ」って言っていた。

いい声だった。

 

これは全然否定でなくただの僕の想い。

僕はそれだけじゃないって思って小さな歩幅だけど生きて生かされてきた。

未来を変えることで過去も変えれると思ってる。

信じてるではなくて確信的にそう思ってる。

現在と未来の肯定で過去を肯定する。

そうじゃなきゃ未来においての未来がない。

 

今日のしくじりも、明日のミスも、明後日の失恋も、10日後の最高で帳消しだ。

過去の罪も過去の闇も。

それらはきっと消えないとしても、入れ墨として生涯体に刻まれたとしてもそれらだっていつの日か自分にとっては輝いて見えるように生きていたい。

 

D・I・J と唄った連中が居た。

 

ドキドキするような・イカれた・人生

 

だってさ。

さぁいこう。

たった15人だけの新しい国が待ってるから。

 

 

 

Urano Takahiro ウラノ タカヒロAuthor

Garage EDEN shop Editor.